ラスト


「妖怪…ですか。」
「ああ。」


とんでもない告白だ。
普通の人間だと思っていた彼が、まさか。
だが、だからこそ彼も涼宮さんに選ばれていたのか?
あの時から人ならぬ者として生きるようになったのか…?


「ではあなたも…3年前にそれに気付いたのですか?」

彼も自分たちと同じように涼宮さんに望まれここにいたのか。
だが、答えは違うようだ。


彼は首を横に振った。

「いや、生まれた時からだ。

 …誤解はすんな、家族は人間だぜ?」

 

「…どういうことですか。」

そうだな、と言葉を探すような顔をしたあと、彼はゆっくりと語った。


「俺は、こちらの世界で…

 名前が付けられないまま死んだ子の思いが、
 あっちの…まあ俺の生まれた世界な。

 そこでかたまってできた一つの「心」みたいなもんだ。
 ガラじゃねえ言い方したら精霊かな。」

 

「名付けられずに…。」

「ああ。俺の中に何人分あるとかはわかんねえけどな。

 それがもう一回人間になるチャンスをもらってこっちに来る。
 それで俺は15年前に生まれたってわけだ。未完成の人間として。

俺と同じな奴は結構いるぜ?
まあ大体はちゃんと完全な人間になって普通に一生送るんだけどな。」

 

「なら…あなたは何故こんな短い時間で…。」

聞いてる内容は頭に入っていないのに僕は質問を続けた。
いや違う、頭が無機質に彼の言う事を分析しているだけだ。

「簡単だ。人間でいる条件を満たさなかったってことだ。」

 

「条件…。」

突然頭がクリアになった。
こんなことの原因はいったい何だったんだ?困難なこと、だったのか?

 

「ホントの名前を呼ばれる回数だ。」

「…!」


そう言われたとき、まだSOS団が5人になって間もない頃の
他愛もないはずだった出来事が頭をよぎった。

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『だから俺には名前がな…。』

『いいじゃない、キョンで。』

『よくない。あだ名ばっかだとホントの名前忘れそうだ。』


『うるさいわねー。

 よしみんな、SOS団じゃキョンの本名呼ぶの禁止よ!呼んだら死刑だからね!』

『おい、ちょっと待て!どんな嫌がらせだよ!』

 

『団長に逆らった罰よ。いいじゃないの。
 どっちにしてもあんたの名前みんな覚えてないんじゃないの?』

 

少しひどい物言いだな、と僕もこの時少なからず思った。
だが彼は呆れたように諦めたように頭をかいて。

『…それは困るんだが…。』



笑っていたように思う。

####

 

 

あの時、涼宮ハルヒと彼のやりとりを僕たちは何の気無しに、見ていた。

 

まさか、それが彼の存在そのものに関わる事だったなんて誰が予想できただろう。

だが回数が問題なら今からでも…条件を満たせば。


「あ、悪いが今からじゃ間に合わねーぞ。
 時間切れになったからやっと話せたんだからな。」


儚い望みは脆く崩れた。

「大体もう俺の名前はこっちから消えてるしな。
 長門が言ってなかったか?」


「…言ってました…。」
もう既に打つ手はない。
問題を知った時は既に時間切れ。

こんな酷いテストがあるか。


「どうして今まで黙って…。」
「禁則事項。朝比奈さん風に言うとな。」
俺がやってもキモいだけだな、と笑う。

酷い。酷過ぎる。
条件が本来ならたやすいはずなだけに悔しさがつのる。

あんなこと、あんなことを涼宮ハルヒが言わなければ。
いや、僕たちが止めれば。

照れないで彼の名前をちゃんと呼んでいれば。


それだけで永遠に彼を失わずにすんだなんて。


「ま、別にお前らのせいってわけじゃない。
 ハルヒに会う前から正直条件やばかったから…。」

あだ名ってのも困りもんだよな、と彼はまた笑う。

 

なぜ、なぜ笑えるんだ。

「なんで…笑うんです。」
たまらなくなって声に出す。

「ん?」

 

「あなたは消えるのに死んでしまうのにもう涼宮さんにも朝比奈さんにも長門さんにも会えないんですよ僕たちだってもうあなたに会えなくなるあなたがいなくなったら涼宮さんの暴走は誰が止めるんですあなたのいない世界なんか涼宮さんが認めるはずない」



思ったことが端から滑り落ちて来た。

 

僕だってあなたがいないなら
それは口に出せなかったけれど。

彼は呆れたように僕の肩に手を置いた。

「…まあ、落ち着け。せめて句読点くらいつけて喋れ。」

「…落ち着いてます。」

「嘘つけ。お前今置いてかれるガキみたいな顔だぞ。」
「…まさしくその通りじゃないですか。」

僕は高校生であなたは今僕を置いていく。

 

それ以外の何だと言うのだ。

 

「…とりあえず俺の消失はあっちからの力だけでやってるからな。ハルヒの力は及ばねえよ。」

「…どういうことです。」

「詳しい事は長門にでも聞いてくれ。あいつなら分析はできる。

 ま、かみ砕いたら今後俺関連でハルヒが力を使うことはないってこった。今も閉鎖空間できてないだろ?」

「…じゃあ。」

 

「ん、ハルヒの力でも俺のいないこの世界は動かない。だから安心しろ。」


安心?何を?どうやってあなたが戻らない世界を喜べというのですか?

怒りが込み上げて来た。何て勝手な事を。
あなたが大事だと思う僕の…僕たちの気持ちは完全に無視か。
僕は彼の肩を掴んで、言った。

「あなたは…。」

「…?」

 

「あなたは、平気なんですか。自分が消えることも、僕らが悲しむ事も。」

なんでそんなに冷静に語れるんだ。

 

二度と戻れない場所に行くのはあなたなのに…!

 

「言っただろ。今の俺にはいいも悪いもない、許すも許さないも、嫌もない。

 最初から「名がなければ存在できなくなるもの」だ。
 呼ばれればここにいた。呼ばれなかったから終わりになった。

 そういうものである事が俺にとって普通で、一般で、常識だ。
 それに 関して何とも思うこともないんだ。

 …消える事が決まっちまえば、人間としてよりそっちとしての自分に戻ってくんだ。
 だからもう、俺は消えることを受け入れてる。それだけが今の俺だ。」

 

傷ついてないから気にするなと、傷つかないから気にするなと?
そんな優しさが欲しいわけじゃない。



泣きわめいて、もっと呼んでくればよかったと叫んで、死にたくないと消えたくないと。


言って欲しかった。



遠い場所にいるのだと思い知らさないでほしかった。


                                    To be Continued…



この設定、固まるのが異様に早かったです。
分かりにくかったらすみません;;

子供の思念が姿を変えた妖怪ってすごく切なくて悲しくて残酷で大好きなんです。

で、今回はキョン自身が悲しまない事を書いてみたかった。
運命を最初から知っててそれが当たり前だと思っている。
そういう信じられないほど淡白な人じゃない感覚を持っている感じです。
ただし長門嬢とは別。彼女は合理的ですが、キョンは違います。

言うなれば遺伝子で動いて感じて、存在している。
理不尽な自然のままに。動物的ともいいますか;

ま、簡単にいえばキョンがSOS団全員を煙に巻く話です。(あれ?)

呼んでくださった方ありがとうございました!!


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